新町獅子の舞には、「天拝」と「牡丹の舞」があります。
このうち「天拝」は、藤崎宮秋季例大祭の初日(9月11日)に、
藤崎八旛宮神前においてのみ舞うもので、極めて式楽的要素が強く
この「天拝」奉納こそが、藤崎宮神事の一環を担うことであり、
新町獅子が祭りに参加する意義なのです。
「天拝」は江戸時代から存在していたと言い伝えられています。

その後幕末か明治初期に、新町獅子は再び中断されました。
ここでは、西南戦争さらには倒幕、王政復古の政治変革が関係していると思われます。

その後復活したのは、1883年(明治16年)頃で、当時はまだ「牡丹の舞」はなく、
道往きの囃しだけでした。
やがて、地元熊本の役者によって、獅子舞が伝授され、これが「牡丹の舞」の原型となります。
さらに、歌舞伎役者 市川右団次によって手直しされ、
こうして、「牡丹の舞」は明治期に完成し今日に至っています。
この舞が歌舞伎の影響を受けているのは、こうした事情によるものであります。